「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」

最近、半年以上取り組んで来た事に一つの成果が上がりました。

辛くて何度も投げ出しそうになり、挙句ゴール直前に試合放棄をしそうになって周囲に心配をかけたり。(汗)

そんな時でも、予想外の…いや予想なんて失礼な言葉ですが、予想もできない位沢山の方々に応援いただいた結果、
私1人の力では到底成し遂げることができない事を、一つ、良い形で達成できました。

その間に様々な方とのご縁があり、都度その真摯な対応に感応して気持ちを常に奮い立たせてきました。

普段滅多にお目にかかれない方々へお話しを伺うこともできたり、そのご縁が発展して思わぬ場所、方々より応援のお気持ちを頂いたり。

感謝以上の感謝をどう表現すれば良いのか、今の私には難しいところです。

強く感じたことは、『人は人の間で磨かれていく』ということ。
一流の方々に縁していくと、その振る舞いや存在感に圧倒され、自分自身の素直な心が浮き出てきます。
その縁が双方の心を開き、その先に目標達成があるならば、その道を作っていくのかもしれません。

謙虚な振る舞いは、一朝一夕で作られるものではなく、毎日の真剣な行動、経験で積み上げられる容積の中からの自然な言動なのでしょう。

その厳然たる、太陽のようなお振る舞いに接し、感謝でずっと恐縮しきりでした。
そのような深い経験ができたのも、自分がまず真剣であったこと、その気持ちが伝播して相手のパワーになり、自然と相乗効果が生まれたのだと思います。
自分が真剣でなければ、お互いに何事も分かり合えない表面的な会話に終始したかもしれません。しかし全くそうではありませんでした。
1人が次第に束となり、やがて時を動かして、五年以上かかると考えられていた事が気づけは半年程で達成したのです。

自分自身を持ち上げるつもりは全くありませんし、真っ只中にいるときは、自分が真剣か、そうじゃないかなんて考える余裕もなく、ただ目の前のことにがむしゃらでした。
振り返るとそうだったんだな、と気づく気持ちです。
そして、何度考えても不思議にさえ思います。

そうして、松下幸之助さんほどの大家も引用した標題のこの句が幾度も頭に思い浮かび、大成した方ほどこそ、頭が低いのはこういうことか、と少しだけ体感できたと思っています。

生きること、仕事や趣味など、何かを成し遂げることは、1人ではできない。
人がいるから人は成り立つ。
もっと沢山の人に感謝していこう、貢献したい、と感じました。

何か目標を持ち、達成することは、人を成長させるんですね。

因みに、達成の時は感動して泣くかな、と思っていたのですが、全くそんな感傷的なことはなく、フルマラソンを走った後の、めちゃくちゃスッキリ爽快感!みたいな気持ちでした。
(フルマラソンは走ったことないけど。笑)
全ての苦しんだ経験が歓喜に変わった瞬間でした。

そしてこれが新たな始まりなんだ、と襟を正し、また走りだしました。
松下幸之助のこの二冊、特に好きです。

  


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