先日、ドラマで話題になっている『空飛ぶ広報室』の原作を先日読み終わりました。
最後にいく程、きっと著者の方が伝えたかったことを書いていたのかな、と思ってここに感想を記すことにします。
読み進めていく程、自分が思っている以上に、世の中の自衛隊への偏見が多いんだな、という事を感じて正直気分が重くなりました。
私は幼い頃から「自衛隊の街」で育ったので、「知識はないけど(笑)偏見もない」立場にいます。
学生の頃、飛行機の騒音がうるさくて、授業の声が聞こえなくとも、それが生活の一部と思えば気にしなくなりました。
むしろ、地元から離れた時に世の中の静かさに驚いた位。
友達の転勤が多く、とっても寂しいな、と思ったのでその点については嫌だなと思ったことがあります。
でも今でも、偏見の意味がわからないでいたりします。
地域柄、多少の自衛隊豆知識はあっても、海外に長期的に支援に行っているニュースを見ても、可もなく、不可もなく自衛隊に興味がなく育だった私が、1番興味が湧いたのは東北の震災での活躍でした。
私も、当時在住の地域、東京都大田区の縁で、五月と八月に震災ボランティアへ行くことができました。
震災の体験はまた別の機会に書けたらいいなと思いますが、テレビで観るよりずっと衝撃的で深刻な現場に相当なショックを受けました。私達ボランティアは素人の為に、ある程度整備された場所でしか活動ができません。
その時第一線を動いてくださっていた方々は当たり前ですが自衛隊の方々です。
人手が間に合わない地域は、雰囲気も臭いも全く違います。そして、その家に探し人のある場合、家の前にタスキがなびいていました。
例えば、白だと探し人あり。赤色だと悲しい状況で対面が完了した家、など。
道路を挟んで一方は地平線が続き、一方には家がある。
信じ難い景色の中、進んでくださったのは、何者でもない彼らです。
その活躍の様子はテレビの電波に乗って国民のもとへ届き、沢山の方がご存じかと思います。
youtubeでも、「震災 自衛隊」等の単語で検索をかけると沢山の動画を確認できます。
私は思いだして最後まで観る事ができないのですが・・。
そしてその後、私は仕事の関係で地元に戻ることにしました。すると予想以上に彼らと接する機会があり、仕事外の気さくな姿に、逆に感動さえ覚えました。
彼らも普通の感情のある人間です。第一線で大変な状況を目の当たりにして辛くなり、自ら命を絶つ方が増えたことを噂に聞いていたりしました。
しかしながら、あんなに大変な事があり、恐らく一人も漏れることなく当時を体感しているのに誰も何もそんなことはおくびにもださないんだなぁと。
今まで「転勤族の自衛隊」としか頭になかった私ですが(笑)、彼らに対して少しずつ尊敬の念が生まれたのでした。
そんなわけで、『空飛ぶ広報室』で書かれているように、本の中のヒロインがそう感じていたように、私もずっと同じ事を考えていました。もっと自衛官の方の苦労が理解されるように活躍をフューチャーしたらいいんじゃないかと。
でも、この本を読むことで自分の中にパラダイムシフトが生まれ、そうじゃないんだと気づきました。
先に話を挙げた通り、当時、復興の兆しを報道しようとした各社が自衛隊の現地での活動を好意的に取り上げたドキュメントが沢山でました。でもこの物語の中では、こう言っています。
「自衛官をヒーローにしてほしくないな、と思います」
「ときどき、自衛官は被災地でとても苦労してますって伝え方をされちゃうことがあるんです。家にもろくに帰れず、冷たい缶メシをかじりながら被災者の為に頑張っています、って」
自衛隊びいきのその報道は間違いではない。だがしかし報道の先には視聴者がいて、そこがゴールであると。
「自衛隊の冷たい缶メシを強調されて、国民は安心できますか?被災者のごはんも同じように冷たいのかって心配しちゃうでしょう?自衛官の缶メシが冷たいのは、被災者の食事を温めるために燃料を節約しているからです。
僕らが冷たい缶メシを食べていることをクローズアップするんじゃなくて、自衛隊がいたら被災地は温かいごはんが食べられるということをクローズアップしてほしいんです。自衛隊は被災地に温かい食事を届ける能力があるって伝えてほしいんです。それはマスコミの皆さんにしかできないことです。」
そうですよね。自衛隊をヒーローとして扱う事がゴールではない。「自衛隊の活動が私達国民の安心に繋がる」という事をもっと日常的に知り、信頼していいんだ、と感じました。そして私達もそれを知る必要があるんだな、と。
知れば知る程、大変な仕事だと感じますが、それだけ素晴らしいお仕事でもあるんだなと思いました。これからも人の気持ちに寄り添える自衛官の方が一人でも多く育成され、存在の理解が進む環境が整うことを願ってやみません。
空飛ぶ広報室

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